花火のあのかけ声の代名詞「玉屋」の悲しい事実

打ち上げ花火の掛け声といえば「たまや?(玉屋)」に「かぎや?(鍵屋)」。

このかけ声は両国川開きで人気を競った花火師の屋号に由来するのはご存知の方も多いのでは。

そもそも玉屋は鍵屋で番頭を務めていた腕のよい職人・清七が独立し、暖簾分けしてもらった分家。屋号も、鍵屋が守護神としていた鍵屋稲荷の祠に祀られている狐の一方が「鍵」を、もう一方が擬宝珠の「玉」を持っていることに由来する。以降、1810年から両国の川開きで鍵屋とともに花火製作を担い、「玉やだと 又またぬかすわと 鍵や云ひ」と川柳で詠まれた通り、鍵屋をしのぐほどの人気を博したのだが……実は、1843年に出してしまった火事が原因で玉屋は江戸を追われることに。

こうして人気花火師だった玉屋は、かけ声は残れど一代限りで失脚してしまっているのだ。

ちなみに鍵屋は、現在にいたるまで15代に渡り続いている。